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   黒沼は、家に帰るために、立ち上がろうとしている俺のそばにやってきた。

   俺は逃げようとしているのだが、どういうワケなのか、全く立ち上がる事ができなかった。

   足に力を入れるが、身体を持ち上げる事ができない。


   俺の身体は不規則に何度もぐらぐらと揺れていた。手も足も、弛緩したようになり、

   思った通りに動かせないのだ。


  そのうちに、腰が抜けたように、ソファの中へ俺はぐったりと倒れこんだ。

   「お前ら! お前ら! 」

   怒りのあまり、他の言葉は出てこなかった。

   薬を盛られたんだ、俺は。

   きっと、風呂場で飲んだ紫色の液体だ。絶対にそうだ。

   黒沼は、罵倒している俺を抱きかかえると、鳳のいるベッドへと運んだ。

   その途中、俺の耳元でこんな嫌な話を聞かせた。

   「亮様。あなた様に拒否する権利などは、もともとありません。

    私どもが、宍戸家のみな様のために、今までどれほど資金をかけてきたのか、わかりますか?

    あの家にせよ、あなた様の学校の授業料にせよ、テニスをするための道具にスクール費用に。

    すでに巨額の費用が使われております。あなた様が仕事を放棄して帰ると言う事は、契約違反を

    するのと同じ事です。宍戸家は信頼を無くし、任を解かれます。それに応じて、今までの費用

    全てを返還してもらう事になります。


   お父上にお支払いができるとは、到底思えません。それで失業してしまうのですから。

   では、あなた様が替りに支払いますか? 中学校を中退して、働きに出ますか? 」

   俺は唇を強くかみ締めた。

   父の言った《 金が無い 》と言う言葉がやっと実感できたからだ。

    確かに、俺達、宍戸家の人間には、そんな金が支払えるはずが無かった。


   父と母が泣いていた理由もなんとなく理解できた。何も言わなかったけれど、ここに連れて

    来られた俺がどんな目に合うか、両親はきっと知っていたのだ。





         その7 〜悪夢の夜〜の巻へ続く→行ってみるその7・悪夢の夜



           
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